嘘つき達の表の顔を垣間見る「オモテ小説」↓

Re;婚

「それでは今夜も、オツでございます!!
 いよ〜〜〜!マ〜〜〜〜ックス!!カンパァアアアイ!!!」
「クワンパァアアア〜〜〜〜イイ!!」
黒田剛士(43)の声は、今夜も店に鳴り響く。
店員たちも、負けずの音量で合いの手を入れる。

巨大居酒屋チェーン『太っ腹』、蒲田店店長兼東京西地区ブロック長。
就職から20年弱。ただ、ひたすら日本にお疲れ様とカンパイをお届けすべく、働いてきた。
剛士が担当する蒲田店は、西東京地区ではダントツの売上1位。
オリジナルの接客用語で、常連客を一気に増やした。
「おかえりヤッホイ!」「マックスカンパイ!」「オツカンパイ!」

特に、店員全員で客を送る剛士入魂の見送りコールが話題に。
夕方ニュースで取材を受け、チェーン店で唯一吉田類が訪れたという称号は、彼の地位を不動にした。だが。

週末は稼ぎ時。平日も、帰宅時間には電車が動いている。
30歳の時に見合い結婚。翌年娘が生まれ、考えぬいて「真奈」と名づけた。
嬉しかった。この子の笑顔をも支えるために、猛烈に働いた。
そんな娘も、現在小学校6年生。ピアノにスケート。習い事も願うものをやらせてあげている。

妻とのすれ違いは、娘が生まれてから始まった。
生活時間帯がずれ、帰るのは妻と娘が起きる直前の午前6時。
出勤は午前11時だが、妻はパートに出ている。
サービス残業は当たり前。タイムカードも出勤は打つが、退勤を打った記憶がここ5年無い。いわゆるブラック企業だ。
すなわち、妻との会話も同じくらい無い。多感な時期の娘の父を見る目は、もはや知らないおじさんを見るその目と同じである。剛士自身も、メニューは写真を見ただけで名前から金額まで全て言えるが、娘の友達の名前が妻から出てきても、誰一人顔が思い浮かばない。

遡ること半年前。入社3年目の若手社員がうつ病になり出勤拒否になった。

「黒田くん。コンプライアンス対策部部長として、今から彼の自宅に行って
 対応してくれ。」

就いた覚えの無い肩書を社長に背負わされ、言われるがまま訪ね、ひたすら親身に話を聞いた剛士。その日行われるはずのブロック長会議もとりやめとなったため、夕方に帰宅。
こんな時間に家に帰るのは何年ぶりか。
玄関を開ける。すぐに違和感があった。妻の靴。娘の靴。そして、見慣れぬ男物のオシャレな靴。サイズは、かなり大きい。
そこで、何かを疑うにはあまりにも疲れていた。うつ病患者を6時間相手にした後の余韻を引きずり、おもむろにリビングへ。脱ぎ散らかした洋服を足下に確認しながら、まずは水を一杯飲んだ。
スーツ姿のまま、寝室の扉を開ける。目に飛び込んできたのは、すやすやと眠る妻…と、男。
思考が止まる。鞄が落ちる。目を開ける妻。目が合う。
音の出ないカメラアプリを自然に起動し、パシャリ。扉を閉めた。

そのまま店に戻り、翌朝まで働いた。普通に働いていれば、顔を合わせなくて済む。
だが、そうもいかなかった。剛士が家に帰りたくないがためにうつ病若手社員Aの家に毎日通ったことにより、彼は見事に立ち直った。それどころか、蒲田店を自ら志願。現代病に悩むサラリーマンの救世主として、企業イメージをクリーンに刷新することに成功した。結果的に、だが。
剛士はなんと、その功績で本社勤務に大出世。
社長から、力強いハグをされ直々に依頼された。

「本社にコンプライアンス対策室を設置した!週休2日と十分な手当てを
 約束する。社員たちのケアをよろしく頼むよ。コンプライアンス対策室長!」
「は、はぁ…」

もう…家から逃げられない。

その週末、妻と離婚の話をした。娘は、どう育てていいかわからないので、不倫は不問にするから、引き取って別れてくれと言った。妻から反論は無かった。
もう一つ、付け加えた。娘には自分が説明すると。

本社勤務になって1週間後。初めての週末。妻は実家に帰り、娘と2人で初めて時間を過ごした。
朝食のパンを用意し、アイススケート教室に送り、迎え、ファミレスで食事を食べ、帰宅。早、午後6時。ここまで、ほぼ無言。
ようやく辿り着いた自宅リビング。鏡に向かってつぶやく。

「さぁ、全てを精算しよう。」